21時過ぎにNHK集金マン訪問

一人暮らしを始めた時のこと、

晩御飯を食べているとチャイムが鳴った。

 

インターホンに出てみると・・・
「NHKです!」と元気な男性の声がした

(こんな遅くに何の用だ?)

すでに時刻は21時をまわっている。
何をしにきたのか全くわからなかった。

おそるおそる玄関のドアを開けると・・・

「受信料の件でお伺いしました!」
と元気に宣言される。

(NHKの受信料?聞いたことがあるような・・)

反射的に答えた。

「ウチにはTVがありませんよ?」と。

しかしNHKマンは

「TVが無いワケないでしょう?」

とフフッと鼻で笑う。

 

なぜか態度が横柄だった。

 

少しムッとした私は

「じゃあどうぞ部屋の中を見て下さい!」

とNHKマンを案内してしまった。

 

あとあと考えると・・コレはまずかった。

 

貧乏サラリーマンの部屋には

TVはもちろん、囚人並みに物がない。

「あっTVあるじゃないですか!」

とゲームモニターを指さすNHKマン。

 

(言われると思った。)

 

「あれはゲーム用モニターなので、

TVは見れませんよ?」と説明すると

・・・NHKの人は少し黙った。

(我が家にTVは無い!コレで納得して帰ってくれるだろう)

そう思っていたのですが・・NHKマンはニヤリと笑って言う。

 

(あっコレ言うために家に上がったのか~)

と気づいたが・・・すでに手遅れ。

 

しかしNHK受信料って税金みたいな強制的なモノだったのか?

じゃあ仕方ない・・・払わなきゃ・・・

 

・・とはさすがにならない。

 

私も長年営業マンをやっている。
「ここで今すぐ契約する!」なんてのは危険だ!

 

「晩御飯の途中なので、今日のところは帰ってください!」とNHKマンを帰らせようとした。

・・・・でもNHKマンは帰らない。

「いやぁ僕も晩御飯食べてないんで・・」

ハハハと冗談を言いつつ部屋に居座ろうとする。

NHKみたいな大手企業でも
こんな強引な営業手法を推奨しているのか?と驚いた。

「時間も21時すぎてますから・・」(帰ってください)ともう一度やんわりとお断りを入れてみた。

しかしNHKマンは帰らない。

彼はまた法律の話を持ち出してきた・・・

10時(22時)までは訪問して良い法律??

いや・・・たとえ法律で許容されていたとしても、

夜中に家に来て「メシを食うな契約しろ」と言うのは

一般常識からはだいぶ外れている。

 

私が「う~ん」とうなっていると・・・

NHKマンが営業を頑張りだした。

 

話は『NHKの魅力』から彼の『身の上話』まで

話はさまざまでしたが・・・どの話も『落ち』は同じ。

 

NHK受信料の支払いは・・・

1、法律で決まっている。
2、国民の義務。
の2パターン。

私は30分ほど・・・・
ただジッと彼の話を聞いてしまった。

・・・・なぜかって?

 

自分が営業マンだったからこそ、
懸命に営業されると・・つい同情してしまう。

 

21時に営業まわりか・・・考えてみれば大変なことだ。

彼も生活に必死なのだろう・・・
聞けば家には小さなお子さんがいるそうだ。

彼も大切な家族のため・・必死に働いているんだろう。

・・・考えた末に、私は言いました。

「わかりました、契約します。」

聞いてみればNHKの受信料は月額にすると1300円ほど。

なんだか・・・・かなり・・・高い・・が仕方ない。

 

「ありがとうございます!!!」

とNHKマンは初めて満面の笑みを見せる。

自分も営業でノルマに困った時に
お客さんに強引に契約をお願いしたことがある。

(今度は自分が彼を助ける番だろう)と思った。

 

NHKマンが、書類を取り出したので・・

 

私は「契約の前に名刺を頂いても良いですか?」
と一応身元のわかるものを見せてもらうことにした。

そりゃぁこれから契約を交わすのですから、
『誰と契約したのか?』ということがわかるモノは欲しい。

 

しかし・・・

「名刺はありません」
と思わぬ返事が返ってきた。

「・・・いま名刺を切らしてるってことですか?」

 「いえ、名刺はないんです・・」

「えっ?」

名刺を持たない営業マン?
さすがにチョット信じられない話・・・・

この1時間あまりで沸いた親近感が・・
いっきに不信感へと変わる。

私は恐る恐る尋ねてみた
「あなたは・・本当にNHKの職員ですよね?」

 

彼は即答した。

「違いますけど?」

まったく意味が分からない。

私は「NHKです!」と名乗ったからドアを開けた。
ところが家に入れてみると「NHKの人間じゃない」という。

 

「じゃあ・・・アナタは誰なんですか・・・?」

 

  「NHKから委託されているものです、

だけど・・・NHKはNHKです。」

 

(ああ・・なるほど・・・つまりNHKの代わりに受信料の契約を取りに来ている下請け業者か?)

確かにどの業界のどんな商品でも、
「下請け業者」やら「代理店」があるのはよくある話。

そして親会社の社員に『なりすまし』て、『子』が契約を取るのも営業界隈ではよくある話。

当たり前だけど・・やっちゃダメな手法です。

※お金を積めば、子会社でも
「名刺に子会社名に加えて、
親会社の名前やロゴを加えてもいいよ!」
っていうルールがある会社もありますけどね。

エグイ商売だ。

自分が勤めている『小さな会社名』を名乗るより、『有名な親会社』の名を名乗る方がお客さんから信用されやすい、契約だって獲りやすくなるからです。

でも・・・会社名を誤解させるのは詐欺と同じ。

 

・・だから私は怒りました!

「最初にNHKだって言ってましたよね?

ウソを言ってドアを開けさせたんですか?」

NHKマンは「NHKはNHKでしょう!」と、自分のウソを必死で誤魔化そうとする。

私の不信感はMAXになった。
だからお断りするためにこう言った。

 

「NHKじゃないでしょ?ちゃんと会社名があるはずですよね?

せめて名刺など素性がわかるものが無い人と契約はできません!」

すると・・・NHKマンは、
無言のままカバンからピラピラの紙を取り出した。

(ん?ティッシュ?)

いや違う!
よく見ると名刺・・・・?

(さっき名刺は無いって言ってたのに・・)
いや・・・そんなことよりも、その名刺が酷かった。

コピー機で適当な紙に印刷して、
それをハサミで切り取って作った名刺らしい。

コピー用紙のようなものに印刷してあるからペラペラ。

ハサミで切っているから形もボロボロ。

なるほど・・・そりゃ・・名刺を見せたくないわけだ・・・

名刺なんて、プロに100枚作らせても500円くらい。

そんな名刺を作るお金も無い会社・・・・?

その会社・・・絶対黒い。

 

NHKの契約とか何よりも、
この男とこの会社が怖すぎる・・

しかし私が「帰ってください」と言っても。

NHKマンは「帰れません」言う。

そこでハッと閃いた!

「時間!ほら10時ですよ!法律の10時!」と時計を指指しながら叫んだ。

 

 彼は少し黙ったあと・・・・
「わかりました・・では今日は失礼します・・」
と言って素直に玄関に向かった。

契約の取れなかった営業マンの背中、

これほど悲しいものは無い。

 

ああ・・彼は会社に帰ったらどうなるのか?
名刺も作れないような会社だ、厳しく叱責されるのかもしれない。

いまの時刻は10時、
彼が家に帰れるのは一体何時だ?

今から家に帰っても、
もうお子さんは寝ているだろう。

奥さんは?どんな気持ちで彼を待っているのか?

こんな怪しい商売をして家族に胸が張れるのか?

・・彼の背中を見ながら、そんな事ばかりが頭に浮ぶ。

だからつい・・帰り際の彼に対して
「すいません・・」と意味のない謝罪をしてしまった。

彼はすこし驚いた顔をして、
「こちらこそ、遅くにすいませんでした・・」
と頭を下げて帰っていった。

でも・・私は申し訳なく思ったから言ったんじゃない。

「もうこんな事やめませんか?」と、
そんな横柄な言葉が出そうになったからだ。 

 

 それをグッとこらえて出てきた言葉が「すいません」だった。

自分だって営業マンで同じような仕事をしている。
だからそんなこと・・・・・言えるハズもない。

 

2人は1時間あまり語り合ったにも関わらず
何も生み出さず、誰も得をしなかった。

 

あとに残るのは虚無感だけ。

私は・・・私たちは・・・
一体なんのために働いていたのか?

そんな不毛なお話し。

おわり