芸術棟に向かってくる明かり

高校2年の夏休みのことです。
私は美術部に入っていて、夏休み中の部活動は自由参加。月~土の夜7時まで美術室を自由に使えるようになっていました(当時は土曜日も学校がありました)。顧問の先生は、自作の絵画を展覧会に出品している人で、夏休み中もほぼ毎日美術準備室に籠って絵を描いていました。
私は用事のある日以外は、だいたい学校へ行っていました。汚れを気にせず絵の具を使えるのもありがたかったですが、何より友達と会ってしゃべったり遊んだりする場として部活はとても貴重で、連日夜7時近くまで残っていました。
美術室のある校舎は『芸術棟』と呼ばれ、教室や他教科室とは別の建物になっていました。ここだけ造りが極端に古いため、窓枠も木製だったり水道管の老朽化のせいで水道の水が飲めないなど、いろいろ不便でしたが、逆にその隔絶感のせいで独特の心地良さを醸し出していました。

その日は、私と友人A、Fの3人が最後まで残っていました。顧問の先生に
「そろそろ締めるぞー」
と言われ、皆で道具を洗いに廊下に出ました。既に他棟の明かりは落とされ、美術室のある芸術棟2階だけが明るくなっていました。
「なんか、しーんとしてて怖いね」
「他の部はもう皆帰ってるから」
などと喋りながら筆を洗っていると、教室棟に続く渡り廊下から、女子の笑い声がかすかに響いてきました。
「あれ、まだ誰か残ってない?」
「なんで教室の方にいるんだろ」
と不思議に思いながら教室棟を見ましたが、電灯はすべて消えていて校舎は真っ暗です。私とAとFは顔を見合わせながら、
「え、空耳?」
「私たちの声がこだましたのかな?」
「幽霊だったりしてー」
「やめてよ~」
などと言いながら美術室に戻ろうとしました。そのとき、再び後ろから「キャハハハハ…」といった感じの笑い声が後ろから響いてきたのです。
それで私たちは教室に誰か残っているのだと思い、顧問の先生に知らせました。
「それはないよ。補講はとっくに終わってるし、教室棟には生徒も先生もいないよ。」
先生はそう言いつつも、人が入り込んでいるとまずいから、と懐中電灯を持って見回りに行きました。
その間、私たちは美術室と美術準備室の戸締まりをして電気を消し、美術室のドアの前で先生が戻るのを待ちました。自分達のいる廊下にだけ電灯がつき、他は闇に沈んでいました。
「先生、遅いね」
と言いながら3人で教室棟をのぞくと、先生の懐中電灯の明かりが1階から2階、3階の端から端へと順番に移動して行くのがみえました。
「あ、2階に戻って来た」
「やっと帰れるね」
「誰がいたんだろう」
などと言い合っているときです。何故か懐中電灯のあかりが、突然1階の端に現れました。見間違いかと思いましたが、友達も、
「あれ?」
「なんでまた1階に行ってるの?」
などと言っていたので、見間違いではありません。
しかし先生の明かりは既に2階に戻っていて、じき渡り廊下のむこうから先生の声が、
「誰もいなかったぞー。お前達の声だったんじゃないのか?」
と笑いながら近づいてきました。しかし、1階端のあかりはまだ移動していて、ふっと見えなくなったと思うと、今度は3階端に現れました。
「ちょっと…」
「あの明かり、先生じゃないよね?」
「おかしくない?」
などと言い合っているうちに、先生が私たちのもとまで戻りました。
「先生、やっぱり誰かいますよ、ほら!」
と明かりを指差すと、ふっと明かりが消えました。先生は見なかったようで、
「さては…お前たち、オレをかついだな?」
とニヤニヤし出しました。
「違いますよ!」
「本当に誰かいるって!」
と口々に言いましたが、
「わかったわかった、さあ出るぞ!」
と先生は私たちの背中を押して、一階の非常用出入り口まで移動しました。
私は釈然としなくて友人達を見ると、二人とも微妙な表情で首を捻っていて、お互いの顔を見つめ合っていました。
しかたなく外に出て、先生が非常口の鍵を閉め、さあ帰ろうとしたところで、
「キャハハハ」
と口を大きく開けたような笑い声が、また響いてきたのです。さっきよりもハッキリと大きく聞こえました。私はギョッとして辺りを見回しました。すると教室棟から芸術棟へ、2階の渡り廊下を明かりがすーっと移動していくのが見えました。それはボンヤリと白い明かりで、そのとき初めて私は、それが懐中電灯ではないと気づきました。
Aが、
「ちょっと!あれ!ほら!」
とそれを指差したので、先生もやっと気づきました。
「なんだ!?どっから入った?」
と言って、今閉めたばかりの芸術棟の非常用ドアを開けようとしました。
そのとき友人Fが突然、
「ダメ!!」
と叫んで先生の腕にしがみつきました。普段おとなしいFの大声に皆ビクっとしました。
「なんだ?どうしたんだ?」
先生はFを腕から離そうとしましたが、心なし声が震えていました。Fがもう一度大きな声で、
「開けちゃ駄目です。このまま帰りましょう」
と言いました。私とAも、
「先生、あれおかしいですよ! 懐中電灯とかじゃないですよ」
「絶対ヘンだよ、さっきワープしたんだよ。ほっといて帰ろうよ」
と口々に言いました。
しかし先生の立場としては、そうもいかなかったようです。ただ、怯える私たちの様子に何か感じたのか、警備会社に連絡するからお前達は帰りなさいと言いました。そんなことを言い合っているうちに明かりは消えていました。
私たちは先生を一人にするのも何だか怖かったので、警備員さんがくるまでの15分くらい一緒に待って、そのあと駅までかたまって帰りました。
道中で、
「いたよね」
とAがポツリと言うと、Fが、
「ドアのすぐ内側に、いたよ。」
と断言口調で言いました。私は怖くて何と言ったら良いか分からず、黙って手だけ降って友達と別れて電車に乗り、最寄駅まで兄に迎えに来てもらいました。普段はそんなこと頼まないので家族は変な顔をしていましたが、理由を話す気にはなりませんでした。

後日、先生に聞いた話によると警備員2人と一緒に中をくまなく見回ったが、校舎内には誰もいなかったそうです。ただ、片付けたはずの絵の具が美術室の床にぶちまけられていました。状況的に私たちの不始末ということになり、3人で片付けと掃除をしました。
でも間違いなく絵画道具も描きかけのカンバスも所定の棚に戻したので、散らかしたのは私達ではありません。それでも私とAとFは黙々と作業をしました。あのおかしな明かりと笑い声についての話はしませんでした。そのことについて話そうとすると、なんだか息苦しくなって喋りたくなくなるのです。残りの夏休み中、私たちは学校に行きませんでした。2学期が始まってからは、奇妙なことは一度も起こりませんでした。

秋も深まった頃の放課後、美術室を出たときに、
「なんだったんだろうな…」
とぼんやり呟くと、
「あの日、送り盆だったから」
と、Fが小さい声で言いました。
私は「ああ…」と返事らしい返事もできませんでした。
Aも何もしゃべらなかったようで、その話はそれっきりになり、噂がひろがることもありませんでした。
その年は学校創立80周年で、例年より盛大な文化祭が行われました。美術部員もそれぞれ数点ずつ出品しましたが、その中に作者不明の小さな作品も展示されていました。誰もそれを置いた覚えがなく、結局卒業生の作品が紛れ込んだということで収まりました。しかし私とFとAは、その絵に使われている色が、あのときに床にこぼれていた絵の具と同じだと気づき、真っ青な顔で黙っていました。
あれから20年以上の月日が経ちます。忘れてしまいたいのに、いまだに忘れる事ができません。

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