合宿所の天窓に映った黒い影

大学一年の夏、私は音楽サークルの合宿で河口湖畔の合宿所に宿泊しました。
他の大学2校との合同合宿で、そこそこ大人数だったので一部屋4人ずつの宿泊でした。宿泊施設は他大学の保養所で、ゼミや研修にも使われており、そこの大学の人は「第13校舎」などと呼んでいました。そこは音楽ホールも併設されていたので、私たちの学校も便乗させてもらったのです。

合宿は4日間で、昼間はそれぞれの担当楽器やボーカルの練習をしていました。
最終日の夜、かなり多めの夕食を皆でにぎやかに食べたあと、時間の余った人達が三々五々音楽ホールへと集まってきました。周囲に別の人家はありませんでしたが、楽器を鳴らしていいのは夜9時までということだったので、それ以降は皆おしゃべりなどしていました。
そうするうち、一人一話ずつ怖い話をしようということになりました。いわゆる百物語のような感じです。
私はその時点で抜けようとしましたが、同室の子が皆ホールに残るというので、一人だけ部屋に帰るのもなんだか怖くて、一緒に残りました。

多分15~6人がその場にいたと思います。私のいくつか先の人がまず話し始め、私の位置とは反対向きに話の順が回って行きました。怖い話といっても、そんなに怖い話はほどんどなく、よく聞く定番の怪談や都市伝説、中にはギャグのようなオチのネタもあったりして、全体的にそんなに怖い雰囲気ではありませんでした。

しかし4人目が話しているとき、私は視界がチラチラしているのに気づきました。電灯が切れ掛かっているのかと上を見ると、ホール天井の中央にある天窓が目に入りました。電気はトップライトのほか、壁にもキャンドル型のライトがついていて、ホールはまんべんなく明るく照らされていました。

しかし昼には何でもなかった天窓の様子が、なんだかおかしいのです。よく見ると、窓の格子が半分黒い影に隠れて見えません。なぜ見えないのか不思議でした。天窓は周りをぐるりとトップライトに囲まれているので、影はできないはずなのです。変だなぁと思ってずっと見ていると、黒い影がスルっと動いて天井を這うように移動し始めました。

動物か大きい虫が入り込んだように見えたので、私はびっくりして、
「天窓が開いてる!」
と指差して言いました。両隣の人が驚いたように上を見たあと、笑って私の肩を叩きました。
「やあだ~うまいんだからっ、おどかさないでよ~」
えっ?と思ってもう一度見ると、天窓は確かに閉まっています。隙間から虫が入ったのかとも思いましたが、虫にしては大き過ぎます。そして黒い影は消えていました。
「ごめん。見間違い」
と私は笑って謝りました。

でもそのあたりから、部屋がなんだか薄暗く見えるようになったのです。
ライトは全部ちゃんと点いています。
眠くて目が疲れて来てるのかと思って、そのまま動かずに黙っていました。
しかし4人目が話し終わったとき、4人目と5人目の間をさっきの黒い影がスーーっと通ったのです。私はギョっとして隣の友達をつついて、
「今の見た!?」
と聞きましたが、同じ方を向いていたはずの友達は、何のことだか分からないと言う顔できょとんとしていました。
私はまた、
「ごめん、何でもない」
と謝りました。何と説明したらよいのか咄嗟には思いつかなかったのです。
次の5人目が話し出しましたが、影のことが気になって全く耳に入ってきません。やがて5人目が話し終わると、影がまたスーっと動きました。そして話し終わる度に、影が隣へ、隣へと移動して行くのです。そして私に近づくにつれて、影がだんだん濃くなってくるように見えました。
しかし周囲を見回すと、話し終えた人の様子にとくに変化はなく、みんな笑ったり悲鳴をあげたりしながら楽しそうにしています。
あの影が見えているのは私だけなのなら、私がおかしいのか、眠くて目が変なのかと思って皆の顔を一人一人見回しました。すると、私より二つ後に順番が回ってくる他大学の女の子が、横目で影のいるあたりを見つめながら、青い顔をしているのが目に入りました。

思わず私は腰を浮かせましたが、ここで中座すると恐がりだと笑われてしまうかも知れません。しかしジリジリと影は近づいてきます。どうしようか迷いましたが、私の隣の人まで回って来たところでとうとう堪え切れなくなって立ち上がりました。
「ゴメン、ちょっとトイレ行ってきます。Sさんもでしょ、一緒に行こ」
と青い顔をしていたSさんに声を掛けると、彼女ははじかれたように立ち上がりました。そして私を置いて先にホールを出ていってしまいました。何人かの男子学生が笑いながら、
「ツレションか~」
などと言ってからかいましたが、かまわず私もSさんの後を追って急いでホールを出ました。部屋に戻ったかと思ったSさんは廊下の途中に突っ立っていて、私の方を振り向いて言いました。
「ねえ、あの黒いもじゃもじゃの、何?」
私にはもじゃもじゃではなく、なめらかな楕円形の影に見えたので、そう言いました。そうしたら彼女は、
「全身毛深い、何かじゃない。あなた入って来たとき指差してたでしょ」
と言うのです。彼女も最初から異変に気づいていたのです。やはり、最初はなにか動物が入って来たと思ったそうです。しかし他の皆が気づかないのを見て、これはヤバいと思い、逃げ出すタイミングをはかっていたところ、私が誘った形になったとのことでした。
トイレに行くと言って出て来たので、戻るかどうしようか迷いましたが、Sさんがもう今夜はホールに戻らないほうがいいと硬い表情で言うので、他の友達には悪いと思いつつ、そのまま部屋に引き上げました。
その晩は、私にもSさんにもホールに残ったメンバーにも、特に何も起こりませんでした。

翌日、帰路は電車組と自動車組に分かれました。私は電車で帰りたかったのですが、自動車組の他大学OBの運転手さんの誘いを断り切れず、5人で自動車に乗り込みました。
高速道路を移動中、激しい夕立ちに遭いました。スリップが怖いと言ってOB氏はかなり速度を落として走っていましたが、
「あ!?」
と声を上げるのと同時にタイヤがコントロールを失い路肩の方にスリップしました。車の側面は擦れ、バンパーが取れ掛かってブラブラしていましたが、幸い車道側にはじかれることなく、辛うじて車は止まりました。
運転手さんは冷や汗をかいて皆の無事を確認した後、
「悪かった。急に、視界に黒いモップみたいなのがかぶさって…」
と震える声で言いました。他の人たちは寝不足が原因でめまいをおこしたのだろうと言って、助手席に乗っていた別の男子が運転を代わりました。
私は別のことを考えて顔を引きつらせていると、OB氏は
「怖い思いをさせて、ごめんね」
と謝ってくれました。雨はもうやみかかっていましたが、私は、
「とにかく、ゆっくり行きましょう」
と提案しました。自動車が破損しているのでどのみちゆっくり走るしかなかったのですが、交代した運転手の男子学生は神妙に頷いて、残りの距離をノロノロ運転で帰りました。
そうして私たちだけ解散場所に着くのが大幅に遅れてしまいました。OB氏と男子学生が経過を皆に報告している間、電車で先に着いていたSさんが私を見て眉をひそめ、こう言いました。
「あんまり、うかつなことしない方がいいよ」
「え! 私が運転してた訳じゃないんだけど…」
それでも私は自分が黒い影を連れて来てしまって、事故が起こったのかと考えて、少なからぬショックを受けました。しかし、Sさんは少し表情を緩めて、
「そういう意味じゃないの。分かってるでしょ。危なかったね」
と労るように言ってくれました。それで昨夜見た黒い影は、やはり気のせいではなかったのだ、と改めて思いました。
それ以来、どこかに出掛ける時はなるべく電車を使うようにしています。たまにバスやタクシーに乗ることもありますが、普通の乗用車にはもう乗りたくありません。

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