総統の子ら 皆川博子

カテゴリ:小説・文芸 本の著者:

アドルフ・ヒトラーという名は、おそらくこの先ずっと歴史上に残るでしょう。
「独裁者」の代名詞的存在として、「悪魔」の代名詞的存在として。そして、彼が作り出したものすべては、否定され、嫌忌される運命にあります。
『総統の子ら』。この小説に描かれているのは、まさしくヒトラーが作り出したドイツ第三帝国そのものです。そして、ひとつのものをひたむきに信じ、裏切られていく人間の姿なのです。

主人公のカールはナチスのエリート養成機関、「ナポラ」に入学し、やがてのちに悪名高き存在となるSS士官として、戦争に巻き込まれていきます。そのカールに憧れを寄せられるヘルマンもまた、SS士官です。カールとヘルマン、この二人の語りが交互に繰り返される形で、ストーリーは進行していきます。同じ組織の一員として敗戦を迎えたカールとヘルマン。しかし、二人の運命は180度違ったものになってしまいます。すなわち、カールは戦犯として処刑され、ヘルマンはSSの残党、名もなきスパイとして、世間を渡っていくのです。
カールは自分の憧れや夢に疑問を抱きません。ただひたすらに、自分のするべきこと、自分の任務に忠実です。そしてそれは、美徳であるべきなのです。

しかし、この「美徳」はやがてカールを糾弾し、処刑台へと送ることになります。カールがヒトラーの尖兵だったがために。戦時中は栄光のしるしとされた数々の武勲が、動かぬ犯罪の証拠として断罪されるとき、カールは初めて疑問を抱くのです。

この小説の中の軍人は、ヒーローではありません。ましてやヒールでもありません。ただ己の力を尽くした者たちです。小説の中には、敵であるソ連兵の蛮行も描かれています。そしてソ連は勝者として、ドイツを、カールを裁きます。

この小説には一つの転換が描かれています。あまりに大きく人々を飲み込む価値観の転換。今信じている常識がこのようにひっくりかえってしまったら、どうしたらいいのだろう? 正しいと思ってやってきたことが罪にされたら、どうやって生きていくのだろう? 読み終わった時、そんなことを考えました。

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