神聖喜劇 大西巨人

カテゴリ:歴史・自伝 本の著者:

大西巨人著『神聖喜劇』は日本の純文学を代表する傑作です。保坂和志や奥泉光、阿部和重といった作家から柄谷行人のような評論家まで多くの文学者が日本文学最高の作品でだという判断を下しています。

『神聖喜劇』の舞台は1941年秋の対馬です。太平洋戦争が勃発しようとしている最中、新聞記者だった東堂太郎が対馬の砲兵要塞に招集され、新兵教育を受ける3ヶ月間が描かれています。読者は東堂太郎の姿を通して、かつての日本陸軍がどのような組織だったのか、そしてどのような教育がそこで行われていたのか知ることが出来るのです。そして日本陸軍の生活は、多くの事柄が明文の規定によって定められた杓子定規なものだったのです。

旧日本陸軍にはひとつの不条理がありました。それは新兵が教えられていない事柄に関して「知りません」と答えることが許されず「忘れました」と答えるように強要されるということです。
東堂太郎はそこに近代国家の根源的な矛盾を感じ、その不条理なルールに対して反抗を繰り広げようとします。東堂太郎には、一度読んだ文章はすべて記憶できるという天才的な頭脳の持ち主で、その能力を利用して、そのルールは無効であるという主張を繰り広げ、部隊内で上申しつづけながら、組織内闘争に及んでいくのです。

また『神聖喜劇』が優れているのはユーモアに富んでいるという点でもあります。全5巻、2,500ページを超えるドフトエフスキーの作品のような大長編でありながら、下ネタを含めた馬鹿馬鹿しい話や笑い話が多く含まれているのです。さらに様々な階層から占められる東堂太郎の同期兵たちの立ち居振る舞い、彼らが織りなすドラマはリアリティーにあふれ、この作品がフィクションであるということを忘れてしまうほどです。

この作品ほど奥深く、笑えて、大長編であるにもかかわらず短時間に読了してしまった作品はありません。
登場人物達の人間臭さは今に生きる私たちとなんら変らないものですし、日本陸軍がいかに現代の会社組織と類似しているかを知ることも出来ます。
また、第五巻の演習シーンでは、主要登場人物が集結したところで最大のクライマックスが用意されており、その読了感は圧倒的なものです。
もし無人島に持って行く本を一冊選べと言われたら、躊躇なく『神聖喜劇』を選ぶに違い有りません。

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