父の詫び状 向田邦子

カテゴリ:歴史・自伝 本の著者:

皆さんは向田邦子の『父の詫び状』という本をご存じでしょうか。
向田邦子というと、『阿修羅のごとく』や『寺内貫太郎一家』なんかがドラマ化され有名ですが、この『父の詫び状』はエッセイであり昭和初期のある家族の在り方がまざまざと、またみずみずしく描かれた作品です。

全部で24にもなるエッセイがちりばめられており、中でも本のタイトルにもある『父の詫び状』は目の前に情景が浮かぶかのような描写で、読む人を心から楽しませてくれる作品になっています。例えば「伊勢海老が送られてきて、まだ生きているその海老を冷蔵庫の中に閉まっておくのだが、夜中に海老が冷蔵庫の中で思い切り暴れていて眠るに眠れない」という話。昭和初期の作品なのに今でも通用できそして想像もできる心理描写です。

そして、一冊を通して向田邦子の父親という存在がありありと描かれているのですが、今の時代の観点からするとまあ~ひどい、それはそれは厳しい父親なのです。夜中に会社の部下を何人も連れてきて、母親に酒のつまみを作らせる。子供達にはお客様の靴をそろえさせる。お客様の凍った吐しゃ物も向田邦子が処理をする。それでも感謝の言葉は全くない。

こう書くと本当にひどい父親に見えてしまいますが、この話のオチは向田邦子の父親に対する尊敬と愛情のつまった物語になっております。
それがすごく「あぁ、シャイな男性はこうなんだな」とか「うまく表現できない不器用な父親なんだな」とホロリともさせてくれるのです。前半で大いに笑わせ公判でホロリとさせてくれる。向田邦子の神髄ですね。

また、向田邦子は昭和4年生まれですから当然第二次世界大戦も経験しています。私たちは第二次世界大戦というのを教科書で習って「大変な時代だったんだな」とは思っても具体的な庶民の動き、それに伴う感情までは読み取ることができません。しかし、この『父の詫び状』での「ごはん」というエッセイでは戦争に対する気持ちや大人達がどう向き合ってきたかなどが描かれているのです。大人になった作者は脚本家として、エッセイストや小説家として成功し、おいしいものや高いものを沢山召し上がっておられますが、本当においしいごはんとはなにか。食材や値段だけじゃない。必死に生きてきたあの時代、もう明日はないかもしれないという状況の中でのごはんはまた格別だったのであろうと思います。それはやはり私達でも感じ取ることができるのです。

飛行機嫌いの向田邦子は、奇しくも1986年の飛行機事故で命を落としました。エッセイの中でも飛行機嫌いのことが書いてある作品があります。私はそれを読むにつれいたたまれない気持ちと、短い生涯を終えた中にも昭和を必死に、でも充実した日々を過ごしてきた作者の思いをこの本で感じるです。

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